「……じゃあ、俺は仕事に戻るから」 そんな様子のライにもう大丈夫かと小さく苦笑しながらバルドが両股に手を当てて立ち上がる。 それからポンポンと頭を軽く叩くように撫でてからバルドは彼に背を向けて歩き出そうと足を踏み出した。 手を伸ばせば届く位置。 けれどもそれ以上は触れられない。 出来なかった。 勇気が無かった。 いつもそうだ。 戦士として戦っていたあの時も、そして親友の敵を殺し損ねたあの時も。 「………ッ?」 そんな感傷に浸りながら苦笑を洩らしていたバルドは不意に掴まれて引っ張られた服の裾に動きを止めた。 振り返ればまだ痺れを伴っているであろう右手を使いライが自分の服を掴んでいる。 目の前の状況が把握できず、しばしの間バルドはそこに立ったまま動けないでいた。 「何故、あの場所にいた?」 そんなバルドに小さなライの声が掛けられる。 ライの手が服から離れれば返答に窮してバルドが頬を掻くと振り返いてからドカリとライの傍らに腰を下ろした。 二匹分の重さを受け止めてベッドがギシリと大きく軋みを上げた。 「何故ってさ……コノエとアサトの二匹が帰ってきて、お前が帰ってこなかったらそりゃフツー心配するだろ?しかもリークスの所へ行ってないって聞いたしな」 いやな感じもしたし…とモゴモゴと言葉を濁しながら告げるバルドの尻尾が忙しなく左右に揺れている。 突然の質問に動揺しているらしい。 パタパタと動く尻尾を眺めて飲みかけのスープの皿を近くの積み上げられた本の上に置きライはクッと喉奥で笑った。 「な、なんだよ……」 「いや、別に?」 その笑いに気が付いてバルドが尋ねてくるのを彼とそっくり同じ言葉で返してライは口元を歪ませる。 そんなライの様子にチェッと舌打ちをして拗ねたように彼から顔を背けてしまったバルドにライは今度こそ声を上げて笑った。 「……なぁ」 「何だよ、まだ何か………」 ひとしきり笑った後、ふと真面目な顔をしてライが口を開く。 それに応じて完全に拗ねてしまったバルドが不服そうな声で返事をした。 渋い顔をしてライを見つめる金茶の瞳が見つめ返す。そこに先程までの揶揄の光はない。 真剣な眼差しが、バルドを射抜いていた。 「……どう、したんだ?」 その視線を真正面から受け止めるバルドの表情も一瞬にして引き締まる。 二人の間の、時が止まった。 触れれば並々注いだ水が溢れてしまいそうなコップのような緊張感が二人を包み込む。 「貴様のその、布に隠れた契約の証に関する情報を耳に挟んだ」 「何?」 その沈黙を破ったのは、ライの方だった。 告げる言葉にバルドの耳がピクリと動く。 「貴様と契約したヤツが、刹羅の近くの森にいるらしい」 ライの口から吐き出される言葉にバルドの瞳が大きく見開かれた。 瞳孔が細く線状になり極度の緊張状態だと知れる。 契約相手の場所が分かったのだから当然か。 バルドの目が泳ぎ、ライから視線を外すと忙しなく尻尾が揺れていた。 「どうするんだ?」 ゆっくりとライがその瞳を見つめながら尋ねる。 顔を覗き込む薄青の瞳がすいと細められた。 抑揚のない調子ながらその声は穏やかで。迷いのない光はバルドを優しく正しき道へと導いていた。 「暫く、ここを閉めるよ……で、ちょっと行ってくるさ」 「そうか」 決心したように告げるバルドの声はしっかりしている。 バルドの答えに何処となく嬉しそうにライが頷き、片耳をシパシパと動かした。 言葉少なに呟かれる返事にもかつての距離があまり感じられなかった。 「なら、準備が整いしだい声を掛けろ」 「………はい?」 ライの尻尾がゆったりとした動きで揺れている。 向かい合う彼の瞳が優しく微笑んでいた。 偉そうな口調で告げるその言葉にバルドは言葉もなく何度か瞬きして見つめ返す。 何を言っているのだろうか。 突然の言葉に上手く理解できずにバルドは呆然として、その顔を見つめていた。 ぽかんとだらしなく開いた口元もそのまま握り拳が一つ入りそうだった。 「貴様だけで行けば、森でのたれ死ぬだろうからな」 一緒に行ってやる 続く偉そうな言葉に、漸くこれが彼なりの優しさなのだと気が付いて バルドは敵わない、と苦笑しながらもお願いしますと頭を下げた。 [even] 第二章 そして、始まり 一部抜粋 |
このお話はバルライです。 また、捏造度がかなり高いもので、少々流血も入っております。 苦手な方はご注意ください。 ________________________ |
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