また嫌な夢を見た。 リンはベッドの上で半身を起こして不快そうに右手で顔を覆った。 額を覆うその手は小刻みに震えている。 いや、手だけではなかった。 全身が震えている。 不快な夢を、悪夢を、そして思い出したくない過去を。 見た時はいつもこんな風に震えていた。 「……サイアク」 はは、と乾いた笑いを零す彼の頬は苦痛に耐えている時のように歪んでいた。 止まらない震えを突き放すように大きく息を吐き出して、シーツをまくる。 其処には痛々しい傷跡を残した左足が太股の半ば辺りからその姿を失くしていた。 コレを奪った張本人は今、リンの隣で眠っている。 リンは一度そちらへ視線を向けてからベッドのすぐ近くに立てかけておいた義足に手を伸ばした。 既にこの足となって三年の月日が流れた現在、付ける所作も慣れたものでぎこちなさが残るもののさっさと足を付け終えると、リンは古びた床にその両足で立ち上がる。 僅かばかりふらつく感覚をやり過ごしてしっかりと自分の躰を支えると、ゆっくりと隣のベッドへと向き直った。 その口元にうっすらと笑みを浮かべて。 「おはよう、兄貴」 今日も良い天気だよ そう言って笑いながら床をギシリと軋ませて近寄り、ベッドの上にうつ伏せになっている男の髪を掴むとその顔を持ち上げた。 リンの荒々しいやり方にも眉一つ動かさず、男はされるがまま顔を上げた。 ジロッとリンの方を睨んだ瞳はすぐに伏されて沈黙が二人を包み込む。 男の瞳が何かに耐えるように静かに一点を見つめていた。 ―――……コレがあの、王(イル・レ)の成れの果てか。 心の中で男を蔑みながら、リンは頭を掴んだ状態で薄く笑った。 黒い髪、しなやかに伸びた四肢、紅い瞳。 全てがかつて犯罪組織ヴィスキオを束ねたといわれる男の特徴である。 しかしそれも三年前、CFCの軍隊による攻撃とその騒ぎの中で行われたリンとの闘いで崩れてしまった、過去の話だが。 今、この男の全てはリンの手中にあった。 生かすも殺すもリン次第で。 その様は無様だとしか言いようがなかった。 男は何も身に付けておらず、手は後ろで一纏めに縛られている。 この格好にさせたのもリンだった。 三年前、自分に腹を切り裂かれた男を抱えて廃墟へと進んだ。 其処に住んでいたモグリの医者に会う為に。 丁度逃げ出す前だった彼は時間が云々と渋っていたがそれを脅迫に似た言葉で説き伏せ、自分と男を診させて傷口を縫わせた。 応急処置とも取れるその傷跡に苦笑しながらもお飾りのような木製の義足を操って松葉杖をつき、トシマから抜け出した。 勿論怪しまれないように男のマントで日本刀とスティレットを包み素知らぬ顔をして日興連の目を欺いた。 トシマから数十キロ離れた日光連側の領土であるこの村にたどり着いたのは一体、それから何日後のことだったのか、知らない。 けれども傷口が悪化して膿みかけていた状態で此処を見つけられたのはリンにとって幸福としか言いようがなかった。 既にこの頃両者の争いはピークに達し、戦争の煽りを食らってこの地へ逃れてきたと説明すれば渋々ながらも了承された。 それに二人とも大怪我を負っている。 死に掛けている若者二人が強盗の類ではないと考えたのかもしれなかった。 質素で何もない村。 けれども戦火とは程遠い空気を持っているこの小さな村は排他的な空気を持っていた。 とは言うものの、持ち前の明るさと逃げる前に引っ張り出しておいた己の財産であっさりと彼らの懐へと潜り込んで。 そして今に至る。 あの頃に比べてだいぶ背も伸びた。 その度に新しい足も必要になり、出迎えてくれたときと変わらぬ仏頂面の医者に作り直してもらった。 ある意味リンにとって此処は成長の一過程を全て見てきたものと変わらない。 『お前の兄貴は大丈夫なのか?』 『まぁね。傷もふさがってベッドで躰を起こして俺に文句ばっかり言っているよ』 『おやおや。それなら大丈夫ねぇ。持っていった豆のスープも全部飲んでくれたみたいで嬉しいわ』 弱者を装い、この地で生き抜くことは彼にとって案外楽なもののようだ。 快く部屋を貸してくれた大家の老婦人、口が悪く老いてはいるが腕は確かな医者、その他の村人達。 その全てに会うたびに愛想笑いとは思えないほど人懐こい笑みを浮かべながらリンはいつもそう思っていた。 人の信用を得ることは難しいと信じていたがこうもあっさりと得られるものか。 感心すると同時に彼らの姿が時折あの頃の自分と重なって見えて。 言いも知れない不快感が我が身を襲った。 [Cobweb] Chapter 1 / disgusting bygones 一部抜粋 |
このお話はリンシキです。 また、捏造度がかなり高いものですので苦手な方はご注意ください。 構成は以下の様になっております。 Chapter 0 / the bad dream Chapter 1 / disgusting bygones Chapter 2/ the house dog Chapter 3 / the bitter truth Chapter 4 / his cradle Chapter 5 / the real hateful enemy ________________________ |
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