その男、魔性により… 1



「……そうですね。大学も仕事も、自分で何とかできますので……ただ、ちょっと黙って欲しい時期があるんですよね」

ニッコリと中嶋の顔にあでやかな笑みが浮かぶ。西洋人形のように美しく整いすぎた笑みは時として人に恐怖を与える。

高校一年という成熟しきっていない無邪気さが見え隠れするその笑顔の裏に一体何が隠されているのだろう?

自分の半分しか生きていないだろう少年相手に、久我沼は恐れを感じた。絶対的な支配者のような威圧感に背筋が凍る。

「…近々現学生会に関してリコールが生じます。が、理事会ではソレに関して口を挟まないで欲しいんです」

簡単な、望みでしょう?

中嶋がそう言うと、ソレを合図にして彼の手首を拘束していたネクタイがハラリと机の上に舞い落ちた。

「縄抜けは得意なんです」

本当は、ね

やけに爽やかな笑みで付け足しながら髪をかき上げ眼鏡の奥の瞳を楽しそうに眇めた。

クシャクシャになってしまったネクタイを肌蹴たシャツの胸ポケットに仕舞い込みながら落ちた下着とズボンを取りに床に降り立つ。

呆然と立ち尽くす久我沼をそのままにして、さっさと身支度を整えるとゆっくりと久我沼のほうへ歩いていく。

ネクタイこそしていないが、目の前の中嶋は先程の淫靡さを全て隠し普段の禁欲的な姿に戻っていた。

「…約束、ですよ?副理事長」

解けかけたネクタイを締めてやりながら、耳元に顔を寄せ低く囁く。そこに媚びた色など微塵も無く、あるのは一人の男の威圧的な声だった。

(その男、魔性により… 1)





「……良かったですよ」

起き上がりシャツの乱れを直した七条がベッドの端に腰掛け、中嶋の髪を梳く。

しなやかな髪が指に絡むことなく間をすり抜けていった。穏やかな口調と僅かばかりの殺気が中嶋の頭上に降り注ぐ。

殆ど制服を脱いでいなかった七条の着替えは数分で、シャワーをこの部屋で浴びていく事すらしない。

抱く事以上の何かを此処に残したくない。そんな感情がひしひしと中嶋の所まで届いてきそうな空気に、声を上げることなく笑みが零れた。

「…それでは、また」

普段の仮面を己の顔に貼り付けて、七条がベッドから立ち上がった。

「……また、な」

部屋から去っていく七条を見送る事すらせずにベッドに伏せたまま右手をヒラヒラと振って見せた。

パタン、と静かにドアの閉まる音がして部屋に静寂が訪れた。

(歪んだ月)




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