遠い。 男の背を見つめたまま、シキは呆然とそんな事を考えた。 実際には然程距離があるというわけではない。 凡そ四、五百メートルといった位であろう。 だが、シキの感じたモノはその男との実際の距離などではなかった。 ――…力の差である。 自分とその男の間には素人から見たとしてもはっきりと分かるくらい実力に差が生じていた。 闘わずして敗北感が肌に突き刺さる。 暗殺者としてこの世界に名をはせてきたが、こんな事は初めてだった。 よもや、自分が圧倒されるなどと、誰が信じようか。 ――…何者だ 恐怖がジワジワと背中を這い上がる。 強さしかない男。 他は全くといって良いほど感じられなかった。 怒り、殺気、驕り、嘲笑。 負の感情ともいえるそれらが存在しないばかりか、彼には生気すら感じられない。 例えるならば、全てを取り込むブラックホールという所であろうか。 こんな人間が存在し得るなんて。 己の目を疑わざるを得ない。 そうでないのならば、この男は人間の皮を来た殺人人形だ。 人を殺める事に戸惑いも歓喜も無い。 当たり前というように正面から側方から何のためらいも無く素手で串刺しにする。 苦しむ形相に歪み、崩れ落ちる兵達の山、山。 それらを虫けら同然に踏み、前へと進んでいく男の、何もない背中。 見向きもされない事の侮辱感。 心がある限り、あの男の立つ場所へは到達不可だという事実。 全てが一気にシキの肩にのしかかる。 今まで築き上げてきた、それなりの地位と自身が音を立てて崩れ去っていく。 動けなかった。 指一本、動かすだけで空気が震えて男に勘付かれてしまうのではないか。 杞憂だと分かっていながらそう思わずにはいられなかった。 完全なる敗北。 完膚なきまでに自信を地に叩き潰されて、膝に力が入らなくなる。 炎が巻き上がり、外気はとても熱いというのに、ガクリと地に付いた膝は冷たかった。 「Spider」 一部抜粋 | ||
シキ視点です。 そうしたら思いの外エロが少なくなってしまいました。 ……だまされない限り、彼は禁欲的だという事を失念していたようです><。 ◆γуμ‐уд◇ |
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