その男、魔性により…



日が西に傾いて茜色の光が会計室に差し込み、無機質な機械音が耳に届く。

備え付けのデスクトップが動き出したのだ。

人の気配が殆ど感じられない空間で唯一、存在を主張するかのように画面の前の椅子が軋みを上げ、

銀髪の男―…七条臣が腰をかける。

今、会計室には彼しかいなかった。

…どうやらこの部屋の主である西園寺郁はどこかに出かけているらしい。

七条はまるで自分の所有物、そういってしまっても過言ではないほど手馴れた手つきでキーボードを操っていく。

整った指先には迷いがない。

―…事実、この部屋のパソコンは長い間七条が好きに扱っているため既に彼のものといっても良いくらいにその癖やプログラムも組み替えてしまってあるのだが。

しかし、今日開いたプログラムは会計関係の物でも学生会とのハッキング勝負用の物でもなかった。

見慣れない数字が羅列し次々にタイプされては消え、また入れ替わりに英字が表示されては消えていった。

目まぐるしく替わっていく記号に臆することなく冷静な瞳は画面を見つめ続け、その間指は止まらない。

ずっと動き続けていた。

時間が暫く経ち、それらがいっぺんに消え「PASSWORD」という文字と記入するための空欄、それだけが残され、その指の動きはゆっくりとスピードを落としていった。

七条の指先がいくつかのキーボードを順序良く押し、そしてエンターキーを叩く。

途端、エラー音と共に画面が暗転した。

赤い文字が幾度か画面上で点滅している。

―…失敗か

七条は顔をしかめることもせずにただ無表情で回線を切っていく。

侵入に失敗したからといって自分の足が付くような馬鹿な真似はしない。

難解であればあるほど自分の能力を試されているようで楽しめるというものである。

…ただ、それは時間があればの話だが。

「…なかなか、尻尾は掴ませてはくれないようですね」

いったん電源を落とし、苦笑する。

するりと口から零れた独り言が部屋の中にこだまし沈黙にかき消された。

その背中には時間がない、そう言いたそうに焦りが滲み出ていて

顰められた眉根に渋みがいっそう増した。

「かなり苦戦を強いているようだな、七条」

突然ドアの付近で自分に声をかける男の

―…それも七条が尤も嫌っている人間の、気配がした。

相手の問いに答えることすら厭わしいと言いたげに眉を顰めながらも少々驚いていた。

…居ることさえ気付かなかった。

言葉にも顔にも出さないが内心でそう呟く。

自分のやっていることが他人に評価されないどころか逆に攻められると分かっていたから周囲に常に気を配っていたつもりだった。

その自分が一定の空間においている意識を意図も簡単に潜り抜け堂々と声をかけるだなんて。

…信じられない。

思う反面、中嶋の次の言葉が気になって仕方が無いというふうな、

眇められた紫の瞳にありありと沸き起こる侵入者に対する警戒心。

宝石のような瞳から脳へ送り込まれる映像を極力少なくするかのような

それでいて観察する事は怠らない抜け目のない行為に、ドアに身を預けていた男は肩で小さく笑った。

「なんだ、その態度は…それが来訪者に対する態度なのか?」

女王様はいったいどんな躾をしているんだか

片眉を器用に上げ、わざと揶揄の色を強めて呟くとドアからゆっくりと躰を離し七条のほうへと歩いていく。

「貴方は、招かれざる訪問者ですから。…そうでしょう?中嶋学生会副会長様」

自分の方へゆったりと歩いてくる自信過剰な男を冷たい視線で刺すように見つめ、椅子から立ち上がることもなく彼に向き直り足を組む。

椅子が微かに軋みを上げ、長い足が綺麗に重なり中嶋との距離を測る。

「ふん。相変わらず、可愛げという文字の似合わない男だな」

「貴方に愛敬を振りまいても、無意味ですから」

間を置かず返される七条の言葉に、中嶋は笑ったままの口元を更に弓なりにしならせ、己の眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。

一瞬光に反射してレンズが彼の涼やかな全てを見透かそうとする青い瞳を七条の視界から隠す。

彼の周りを覆う空気はまるで、七条の言葉を予測していたかのように余裕に満ちていて。

沈黙が二人の間に舞い降りる。

自分が口を開けば…恐らく相手に食われてしまうかもしれない。

そんな張り詰めた緊張感が七条の躰にのしかかる。

平然とした中嶋を前にしてそれが自分だけなのだと知ると悔しく思え、沈黙を守りながら相手に悟られない程度にクッと下唇を噛み締めた。

ほんのニ、三分であろう沈黙が永遠のように長く感じる。

そんな長くも短い沈黙の後、中嶋は脇に挟んでいた茶封筒をパソコンのすぐ隣に放り投げた。

緩やかな放物線を描いたそれはパサ…と乾いた音と共に塵一つない机の上に着地した。

A4サイズの封筒は封がされていなかったのだろう。

中に入っている物がほんの少しだけ顔を見せた。

しかし依然としてその正体はわからない。

「折角お前が欲しがっているアイツの弱点とやらを持ってきてやったというのに、な」

「っな……」

軽く七条を見下すような中嶋の言葉に、今まで表情を隠すように顰められていた瞳が大きく見開かれた。

欲しがっていたもの、この男は確かにそう言ったのだ。

…だが

「本当に、分かっているのですか?」

僕の、望んでいる事を

かまをかけるつもりなら無駄ですよ。そう平静を取り繕いながら肩で大きく息をついて中嶋を見つめる。

瞳の奥まで探る視線は中嶋の脳内まで達しそうなほど鋭く容赦がなかった。

「…守りたいんだろう?お前の”ご主人様”とやらを、な」

結構なことだ

そんな七条の疑り深い様子を全然気にしないでクク、と喉奥で小さく笑うと目の前で腕を組み、見下ろす。

決して小馬鹿にしたような笑みではなかったが、それでも何かを含んでいるように見える。

中嶋の瞳の奥にはフィルターがかかっているかのように思惑が全く読めない。

七条の瞳が一瞬だけ揺らいだ。

それでも一向に無感動な仮面は外さない。

危ない綱の上で歩かされながら虚勢は張り続けていた。

…相手に飲み込まれてしまわないように。

「…いったい、何の真似ですか?」

封筒を一瞥してから訝しげに中嶋を見つめる。

この男が自分を、いや、自分の大切な人を守る事に手を貸すなど、想像が付かなかった。

第一理由が、そう、手を貸す理由がこの男にはない。

「何のまね、か…」

緩やかな口調で七条の言葉を反芻し瞳を細める。

口元に浮かんだままだった笑みを消し、考えるそぶりを見せる横顔がしばしの間、七条から離れて部屋の奥を見つめる。

「…単なる、暇つぶしだ」

再び七条の顔に中島の視線が戻ってくると、彼は再び微笑んでそう言い、ゆっくりと躰の向きを変えた。

「使うも、使わないも…お前の好きにすれば良い」

ドアのところで一度だけ振り返りそう言い残すと、中嶋は閉まる音だけを残して会計室から出て行った。

彼の去った後、七条は茶封筒に手を伸ばした。

少しだけ見えている厚紙のようなものをゆっくりと取り出す。

…どうやら、それは写真のようだった。

「……」

無言のまま、写真に焦点をあわせた七条の瞳が僅かに見開かれた。

驚愕が普段うっすらと作り笑いだけを浮かべ続ける彼の顔を埋め尽くしていく。

そこには七条が弱みを握りたいと欲していた久我沼と、そして見覚えのある美しい青い髪と冷静さを失わない瞳をもった青年との

―…情事の最中の様子だった。

ブレもせずに綺麗に写っているものだ

そんな皮肉が頭を過ぎり、そして消えていく。

写真の中の、扇情的なまでに仰け反られた喉元にむしゃぶりつき覆いかぶさっている久我沼は、まったく気付いていない様子で。

そんな彼の様子が、この写真が隠し撮りであると刻々と伝えている。

場所は恐らく…理事長会棟の一室。

会議室の一つかもしれない。

写真の片隅で、自分と同じ色のジャケットが机の下で皺を作っている。

青年のものである青色のネクタイが彼の頭上で束ねられた手首に食い込んでいた。

副理事長である人間が、未成年であろう男とこんな情欲に塗れた写真を取られていると知れば…

焦るに、違いない。

写真を持つ七条の手に僅かだが力がこもる。

これで自分の主人であり守るべき大切な人、西園寺を久我沼の手から遠ざける事が出来る。

そう、確信した。

To Be Continued...

久我沼と英様のスキャンダラスでございます。もう、こんな娼婦みたいな英様が大好きで大好きで。 ついうっかり、書いてしまいました。いかがでしょう。…と言いましてもココまでは随分昔に書いた物でございますが。 先程日付を確認したところ、3月29日でした……うん。本当に昔ですな。これからこの続きを書きたいと思います! 英様と久我沼の回想…次は英様視点で。はい。どれ位続けられるか分かりませんが、やってみます。あぃ。 これが終わったら今度はchainも取り掛からないと駄目、ですよね。あぅ〜〜〜頑張りまふ><。
◆γуμ‐уд◇

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