醒めない夢・2







「ったく。だりぃよな」

やる気が出ないとぼやきながら、書面に視線を走らせ判を押す。

この単調な作業が既に6時間も続けられており、

その間一睡も許されていなかった丹羽は集中力も皆無なまま欠伸を噛み殺した。

ちらりと中嶋の方を盗み見る。

ついこの間、夜更け過ぎに、濡れた躰のまましな垂れかかってきた男は、

彼の視線に気付いていないのか、ただ黙々と仕事をこなしていた。

だが、その動きはとても機械的で、何の感情も映し出してはいない。

ぼんやりとしたその表情が何を思って生まれたのか。

考えただけなのに心の奥で昏い炎が燻った。

やっぱりあの日、何かあったのか?

心の中でそう独りごち丹羽は密かに眉根を寄せた。

自分には詮索する権利など無いのだと、分かっている。

それなのに、先日の雨に濡れた中嶋の瞳の中に浮んだ

水の上に張った薄氷のような儚い光が忘れられない。

あの時と同じ、何かに追われた光だった。

縋りつこうにも、誰も助けてはくれないと、苦笑を浮かべ紫煙を燻らせたあの、淋しそうな光。

脳裏に破り捨てたはずの、権利を失った日のコンドームの袋が浮かび上がり、

背中を走る不快感と足元に絡み付く罪悪感から逃れるように、記憶の底に沈めてしまおうと頭を振る。

彼を自分だけの存在にしたいという独占欲は、とうに捨てたはずだった。

意味の無い束縛ほど、

この男は疎ましく思って、そして離れてしまうだろう。

今も恋しくて仕方がないと、未練がましく彼を想う自分の元から。

今でさえそんな感情を隠して生きていかなければ、直ぐに終わってしまうと理解している。

そんな事実を突きつけられるのは、耐えられそうにもないと、分かっていた。

けれどもあの頃は、生ぬるい関係で甘んじていられるような大人でもなかった。

自分の元に縛り付ける為だけに躰だけでも、と押し倒した。

貪るようにその躰を抱き締め、慣らす事にも時間をかけずに。

彼の中に欲望をねじ込ませた。

その時の声を上げる事すらせずに、ただ痛みに耐えるだけの表情が丹羽の雄としての本能を揺さぶって。

枕カバーを噛み締めて、涙で滲む綺麗な瞳を目蓋の裏に閉じ込めた彼の姿を見て、

たまらなく、興奮したのを覚えている。

あの時の自分は、狂っていた

そんな言い訳が通じるわけではなかった。

そんなのは自分でも良く分かっている。

けれどもその翌日、見慣れたはずの鋭利な瞳を赤く充血させた彼が発した言葉は。

『そんな抱き方じゃ、誰も絶頂に送れないな。 ……俺が、練習台になってやろうか?』

頭を、大きな岩で思い切り殴られた気分だった。

その言葉を聞く前は、どんなヒドイ言葉で責められても、思い切り殴られても蹴られても構わないと思っていた。

……いや、いっそ『お仕置きだ』と冗談で返されたほうがどんなに楽であろうか。

こんなつもりじゃなかったと、誰もが呟く月並みのフレーズが頭を真っ黒に塗り潰す。

だが、既に起こってしまったことなのだ。

昨夜までの自分達に戻る事など不可能で。

その全てを己への罪だと精神を焼き尽くしながら中嶋の瞳を見つめた。

その淋しそうな瞳を、守りたいと思う自分と

そんな顔をさせてしまう対象を憎んでいる自分が心に生まれた事も。

そしてその次の瞬間には、前者の自分が後者に喰らい尽くされた事も。

『あぁ。じゃ、頼まれちまうかな』

おどけたような笑みの中に隠して頷いた。

あれから、もう二年も経つのだ。

強姦のような始まり。

その後も自分の心のうちを明かすことなくただ躰だけを繋ぐ日々。

丹羽にとって残酷であるけれども、自分からは決して壊す事の出来ない日常。

だから中嶋が何か悩んでいるのだとしても、もう自分からは何も言える言葉はない。

ただ続けるつもりだった。

生ぬるくて冷えてしまいそうな湯の中に浸かり続ける道化を。

再び、彼の中に無遠慮に上がりこんで、この距離を壊したくない。

保身からくる行動だとしても、躰だけの関係で充分だった。

丹羽は丹羽なりに、駆け引きと言うものを彼なりの解釈で理解していた。

尤も中嶋と比べてしまってはその経験からまだ甘い読みかもしれない。

けれども彼本来の楽観的な考えが、その差を僅かにしているのではないかと、そう期待を持たせていた。

その矢先の、再び見たあの瞳。

自分達の距離は縮まる事などできやしないのか。

悶々とした考えから逃れるように、ふと視線を中嶋から窓の外へと変えれば、空がうっすらと白んで見える。

まもなく、太陽が昇る。

夜明けの学生会室は機会音のみの静寂に包まれていた。

その静寂を、丹羽は好ましく思っている。

自分と中嶋以外誰もおらず、そんな空気をセックス以外の目的で過ごしている時間。

空間を同じくして、彼の存在を一番落ち着いた状態で感じることが出来るのだから。





自分達のまやかしの関係を、少しでも誤魔化してくれるから……

配信元:帝王受同盟様
……お題の夜明けの学生会室・お仕置き・コンドームの袋を使ってのお話(丹羽中)です。 前作のNo.6の続きのつもりです。つながっているように、見えませんが(苦笑)
そして丹羽ちゃんが凄く悪人です。つか、レ●プは不味いだろう。自分。 うっかり暴走な青い性♪なつもりなのですが…なんだか、ダークです。 本当はほのぼのな片思い(でも肉体関係あり)な話を続けようかと思いましたのに。 一体何が私をこうさせたのでしょうか(笑)
夜明けの学生会室を組み込んだ時はまだドツボに嵌る様な話じゃなかったんですよ。 たぶん、英様が誘ったんだろうなぁ。位の馴れ初めで考えておりましたので。 で、気付いたら………こんな話に。精神的な話万歳(自棄) まぁ、書くのは楽ですけどね。 こういうループみたいな悩みに悶々と心を沈ませている主人公(ひでぇ・笑) ただ、それが丹羽ちゃんに合うのかと尋ねられれば……合わないのでしょうね。
だって丹羽ちゃん純情BOYですもの。こんな岩井さんみたいな後ろめたさを感じないのではないかと。 書いていて思います(丹羽FANの方、すみません。夜道で後ろから刺さないでください・滝汗←小心者)
◆γуμ‐уд◇

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