Petunia





「帰るぞ、コノエ」

はぐれるなよ?

しっかりと最後の一言まで彼に向かって言い切ると、ライは楽しそうに笑って首を肩に担ぐ。

陰の月はまだ天高い位置にある。

夜が明ける頃までにはこの首を依頼主へ渡し、宿に戻れる計算だ。

久しぶりにベッドで眠れそうだ。

月を仰ぎ見ながらライは静かに笑みを浮かべた。

僅かに、右目が疼いている事に気が付きながら。

それでも、感じぬフリで。

「っな……ふざけるな」

誰が迷うか

ライの言葉に賛牙、コノエの尻尾がピンと天を向いた。

からかわれていると分かっているが、猫のクセに方向音痴だと暗に囁かれて怒らずにはいられない。

もっとも彼との旅でコノエの方向音痴もだいぶ改善されてきたのだ。

少なくとも一度は通ったことのある道ならば、もう迷わない自信があった。

見ていろよ。

そう言いたそうな琥珀色の大きな瞳がきっとライを睨みつける。

瞳孔がギュッと窄まって線状になり、尻尾がふわりと逆立っていた。

そうとう本気モード、いやムキになっているらしい。

「何だ、そんなに自信があるのか?」

凄いな、方向音痴の猫のくせに

リビカにしては珍しい方向音痴は、ライの目からしてみれば一向に治っている気配も無く。

道を覚えたと飛び跳ねんばかりに喜ぶコノエにさり気なく正しい道を諭すのが自分の役目なのかもしれないと思うくらいだ。

しかし、そんな手のかかる猫ほど可愛いもので。

ライは噛み付いたり引っ掻いたり、笑ったり拗ねたりとコロコロ表情の変わるこの猫が愛しくて仕方が無いのだ。

本当に、見ていて飽きない猫だ。

当人に聞かれぬようこっそりと心の中で独りごちるとライは静かに笑みを零した。

「…まぁ、いい。で、いつまでそこにいれば気が済むんだ?」

置いていくぞ、馬鹿猫

数歩離れた所まで歩くとライはコノエの事を待つように振り返る。

けれどもその名を呼ぶ声は優しく、夜の森の中、静かに広がっていった。





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