いつも闇から引き上げてくれたのは―――…… お前が、殺したんだ 声なき声が己を責める。 背くことの出来ない、許されない罪。 許さない、許さない、ユルサナイ。 空間が歪な形に湾曲し、足元に絡みつく。 じわりと足元から締め上げられる苦しさに圧迫される。 息が出来ない。苦しい。 助けて、そう口が動こうとすることすら叶わない。 大きな影がコノエを飲み込もうと大きな口をあけた。 「っ……!」 眠りの世界の中意識が一気に覚醒する。 ガバリと起き上がり思い切り息を吸い込んだ。 辺りを見渡す。 コノエは自分の隣で眠る自分より大きな躰を見下ろして小さく息を吐き出した。 確かな存在に安堵感が躰中に広がっていく。 疲労感が躰を襲っていた。 ぐっしょりと躰が濡れているような気がする。 寝汗をかいたらしい。 フルフルと頭を左右に振ると気を静めるために腕に舌を伸ばした。 舌の突起がザリザリと産毛を梳いていく。舌全体に汗の塩味が広がっていった。コノエは何も考えないように夢中に舌を動かす。けれども毛づくろいをしている間、コノエの脳裏を夢の残像が浮かび上がっては消えていった。 恐怖に顔を歪ませている猫、悲しみを湛えている猫、恨んでいる猫。 全てが自分を、否リークスを見つめていた。 自分ではない。それは分かっている。けれどもやはり、自分なのだ。 『感情の器』それが今までの姿だった。 気付かないままに、ずっと。それがあの戦いの後リークスと融合し意思はコノエのものが打ち勝った。 器が本体を乗り越えた。そういう事になる。 しかしそれはかつての自分に戻るわけではなかった。 リークスの全てを自分の中に受け入れて、記憶という名の罪までも請け負うことになった。 三年の月日が経った今でもその記憶は決して拭うことはできない。 当たり前だ。過去は拭い去れないからこそ、過去なのだ。 ……そういえば、コノエは再び自分の隣で蹲って眠る猫を見下ろした。 この猫に前に似たようなことを言われたような気がする。 酷く自信に満ち溢れたその強い瞳に囚われて、此処まで一緒に来た。 あの頃は自分はもっと幼かったような気がする。 ほんの三年という短い時間だというのに振り返ってみればとても長い期間のようにも思えた。 当然か。コノエはベッドの上で膝を抱え込み小さく笑った。 この三年間が本当に長かった。ただそれだけだ。 火楼での暮らしは村民に疎まれこそすれど平穏そのもので、心を強くする必要などまるで無かった。 火楼。 懐かしい響きだ。コノエはふっと視線を上に向けた。 心なしか尻尾もゆらゆらと左右に揺れる。 母と過ごした幼き時間。馴染んだ香。温かな記憶。 全てが火楼にあったものだった。 今はもう、自分の頭の中にしかない。「虚ろ」と「失駆」で村が消されたのだ。 全てを葬り去ることになって、空しさを募らせていた時、傍にいてくれたのも。 自分の隣で眠る猫、ライだった。 毛づくろいをする舌を止めて、耳をシパシパと動かしながらライを見下ろす。 長い睫毛に覆われた左目と真っ黒な眼帯に覆われた右目が陰の月に照らされている。 意志の強い瞳に惹かれて同じ時を過ごすうちにかけがえの無い存在となっていた猫。 彼自身も己が持つ闇に苛まれていたはずなのに、いつでもコノエを気に掛けてくれていた。 その気遣いが解りづらかったという事実もあるが、ライは少々強引で。 気付くのにだいぶ時間を要したが。それでもコノエはライトこうして一緒に歩いていけることが嬉しかった。 ゴロゴロと喉が自然に鳴る。 コノエは膝を抱えたまま尻尾をパタリとシーツに軽く叩きつけた。 「……起きていたのか?」 その振動で目が覚めたのだろう。コノエの方に首を動かしてライが声を掛けてくる。 緩慢な動きで左手を伸ばし、コノエの腰に手を伸ばした。 グッと強い力で引き寄せられて、コノエはライの方へ更に近づく。 「いや、夢で目が覚めた」 ライの長く艶やかな髪を撫でながらコノエがふっと笑みを零した。 立てていた膝を片方伸ばしてライの髪を撫でていると、不意にその手がライに捕まれる。 その指先を労わるように優しく舐められれば、彼に大丈夫かと尋ねられているようで。 コノエの表情の上に広がる笑みの色が更に濃くなった。 ライの舌が指先から掌、手首、そして肘へと移動する。 愛おしうようなその動きにコノエは気持ち良さそうに喉を鳴らした。 耳もすっかり伏せってしまっている。 今日はこのままライに甘えたい気分だった。 「コノエ?」 鼻先をライの肩に擦り付けていると、彼の手が首に回され優しく撫でられる。 上半身を屈めてコノエの腕がそんなライの首に絡みついた。 甘えるように小さく鼻に掛かったような声で「なぁ」と鳴けば、逞しい腕が更にコノエの躰を抱き寄せる。 ( 〜Darkness〜)
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